よく考え方を変えると稼げると言われていますが、

これまで生きてきた考えを簡単に変えるには、難しいと思っている人が多いと思います。

 

・素直になり人の意見を聞くこと
・周りの人に感謝すること
・どんな人だって良い部分があると認めること
・すべては自己責任という考え
・悪いと思ったら謝る

 

など、私もまだまだ足りないことがありますが、

簡単には考えを変えるって難しいけれど、稼ぐためには変えないといけないですよね。

 

どうやったら変えられるんでしょうか。
うん、難しい。。。

 

やることを素直に実践すれば、稼げるのがインターネットビジネスですし、
私も稼げる実感はしていますが、考えを変えれずに行動できない人が多いことも事実です。

 

危機感がないと言われれば、それまでですが、

危機感ってね、、

 

私みたいな主婦は、危機感を持っていることのほうが少ないと思います。

毎日、夫のお給料で生活できると、貧乏からは程遠く、

「お金を稼ぐ」

ことから気持ちが離れてしまっています。

 

家族のためっていいながら、私が頑張れなかったのは、
フワフワした気持ちで、自分の欲望に素直じゃなかったからです。

まずは自分が幸せにならなきゃ、
家族という大事な存在を守ることも幸せにも私はできません。

我慢してすごす人生より、
私も家族も一緒に幸せになる道。

でも、そこに家族がいなかったら?

別れって突然きます。

 

私の父は、事故で亡くなっています。

17年前に、数年に一度の大雪で、
実家の屋根にたくさんの雪が降り積もり、
気になった父は、ベランダから屋根に上り、雪下ろしをしようとしたのでしょう。

弟からは、私の結婚式があるから、
屋根の雪下ろしはやめておいてと言われてのに、
どうしても気になったんでしょう。

父らしいです。

病院からは即死だったと言われています。

 

弟から「お父さん死んだ」と電話があり、

「はぁ、何言っている?」と私。

 

実家に帰るまで信じられなかったし、夫と一緒に福井へ戻りましたが、

父のそばを離れることができませんでした。

一体何が起きたのだろうか?

そんな不思議な気持ちだったし、記憶もあまりありません。

それぐらい想像したことがないことだったし、
対処できなかったんだと思います。

 

見送った後にだんだんと、

「あ、お父さんいないんだ」
「いろんな話したかった」
「花嫁姿見せれなかった」

といろんな想いがこみ上げてきて、母も突然のことだったので、

「もっと優しくしてあげればよかった」
「ケンカしちゃった」

と言って後悔し憔悴しきっていました。

 

毎日家族のために働き、毎日の晩酌が好きで、
夏休みや冬休みは、旅行へ連れて行ってくれました。

子供の頃、夜中に車で出かける旅行は、
キャンプさながらで、父は運転手、

そして、今のようにナビがないので、
母がナビゲーターで、最後はいつもケンカしていました。

私たちが大きくなると、母と毎月のように山や旅行へ出かけて、
旅行先から絵手紙が何枚も届いていて、
ケンカしながら、楽しくやってるんだと思っていました。

それは、どこか私の中で、安心感があったから。
父や母が明日いなくなるということがないという安心感からです。

「父は幸せだったのだろうか?」

私は一生、後悔し父を思い出しながら考えるんでしょう。

 

 

義父も20年前に亡くなっています。
勤務先で突然倒れてそのまま、、、

脳内出血でした。

当時のことをたまに義母が話してくれますが、

「(義父)いろんな事やってきたし尽くしてきたから、後悔なんてない」

そのことを聞いたときに、

「義母は、仏様か!?」

と思った覚えがあります。

 

この母と義母の後悔の違いは何だろうかと思うんです。

義母は、なんでもポジティブに考えるしいつ見ても楽しそうです。

自分を大事にし、無理はしない。
自分の限界も知っている。
愚痴なんて、、、たまには言うけれどw

子供(私の夫)や孫のためには、
犯罪以外ならなんでもやってしまう人です。

もちろん私にも。

喜ぶ顔が見たいという気持ちは実家の母も義母も変わらず、

実家の母は、

「周りの人に良いことをしていれば、
 たとえ私(母)からじゃなくても、
 私の知らない人からあなたたち(私や弟)に回り巡ってくるでしょ」

といってくれています。

 

義母や実家の母のどちらかが良いとかではなく、
実家の母も私が手本しているくらいよく働く人で、
実家に帰っても、いつも動いています。

家族のために働いたのは、
父だけでなく、母も私が子供の頃から働きづめ。

尊敬できる人の一人です。

 

でも、どこかで我慢をしていたし、
自分を大事にしないところがあります。

我慢は人ぞれぞれなので、
母は我慢じゃなく楽しくやっていたんだろうと思いますが、
私からすると、もっと楽しく生きればいいいのにって、思ってます。

 

父が亡くなってからは、母の調子悪い声を聞くと、

「早く病院行って」

となんども言うようになりました。

本当に無理ばかりしている母を見ているから。

 

実家の母と義母の違いは、

今、この日この一瞬を
最後だと思って接しているかどうか。

父にかなり頼りがちだった母は、
父がいなくなるかもしれないということを、
忙しさの中で忘れてしまっていたのかもしれません。

いつも相談すれば、父がいて当たり前のことに、
最後だという意識が遠のいてしまっていた。

 

事故に遭うことがわかっていれば、(そんなことはありませんが)
一瞬一瞬を大事にして、今日という日を最高の日にしようとします。

この違いが「後悔」という気持ちを生む。

 

最後の日に、家族の誰かが嫌な想いをしたまま旅立ってしまったら、

後悔します。

母のように。

 

最後かもしれないとしっかり想い、

いつも前向きにポジティブな気持ちだと、もし最後の日だとしても、
後悔はないはずです。

 

私の場合の父の突然の「死」は、極端でそんなに多くないと思います。

考え方を変えるには難しくっても、

嫌なことがあったら、
どこかに書きなぐって、忘れてしまうだけで全然違い、
家族の中がいつもハッピーです。

 

そして、

不安や腹が立つこと、ネガティヴ感情は、
私自身なんだと認めてしまって、
私のために起きたことで考える時間をくれているとポジティブに思うことが、

前向きに進める一歩です。

 

「死」に対して、私も母同様、
忙しさの中で忘れかけていて、気づきを得ました。

こういった気づきを得られるありがたさを感じています。

きっと、私一人では考える時間を設けなかったはず。

実家の母、義母、夫や子供たち、
いつも支えてくれているビジネスの先輩たち、
慕ってくれるサポートメンバー、

一人できるインターネットビジネスですが、やっぱり人なんです。

この暖かさに感謝です!

 

┏┓
┗■ 無料メルマガのご案内
└─────────────────

普通の主婦吉井友紀がトレンドブログや夫婦のこと、
たまには物販のこともお話しています。

無料ですので、ご登録はこちらかからどうぞ♪

LINE@の登録は、こちらから♪

友だち追加